推理もする医学

私の父は推理小説ファンで、寝る前に(父は早寝)2時間ドラマの犯人を言い残していく(しかもそれが当たる)といういささかお節介な振る舞いはあったものの、その推理力はお見事でした。その父の影響もあって、私は推理小説を全く読まない青春時代を過ごし(だって、悔しいモーン)、最近ようやく落ち着いて読めるようになりました。もっと早く読んどきゃよかった。きちんと読んでおけば、私の臨床能力はもっと向上したかもしれません。

明白な事実に基づいて判断する、推理して証拠を集める、、、医療と犯罪捜査は、少なくとも推理小説で知っているレベルではよく似ています。

医師の診察の基本は問診です。ここでいかに情報収集するかが腕の見せ所。大切なのは、何が語られなかったかです。病気には、出やすい症状とともに、その病気ではまず出現しない症状(陰性症状)というのがあります。当然、患者さんはなかった症状については何も言いませんから、何が語られなかったかが診断の助けとなるのです。もちろん、本当に症状がなかったのかどうかの確認は必要で、これはおきまりの質問となります。関係者全員のアリバイチェックみたいなものです。

また、患者さんが意図して嘘をつくことは少ないですが、結果として嘘になっているケースや質問にきちんと答えてくれないケースはままあります。無論、この手の嘘はすぐにバレます(ここも腕の見せ所)が、そこで「まぁ言いにくいことは言わずに済ませたいですよね、お気持ちは察しますよ」で済ませちゃ医師としてはお粗末です。適当な言い繕いや質問そのもののはぐらかしは、薬物依存患者に多くみられる他、認知症の初期症状として重要だからです。

問診での情報収集の後、必要に応じて検査をします。証拠集めですね。検査は闇雲に行うわけではなく、ほとんどの場合、だいたいこういう結果が出るだろうと予測してやっています。患者さんには「それは調べてみないと…」と言いながら、実のところ裏ではしっかり(ちゃっかり?)予想しています。ただ、そこは名探偵、証拠もないうちに推理をひけらかすことはしないのだとご理解ください。

この予測のレベルは、そのまま医師の実力といっていいでしょう。毎度「なぁーにぃ!そんなバカな!!」となるようではハッキリ言って三流。フツーは「やっぱりそうか、それじゃ……」と淡々といきます。名探偵さながら、医師も観察力と推理力を駆使してことにあたるのですが、違うのは現場が全然ドラマチックじゃないところです。

もちろん、時には想定外もありますけどね。まあ右京さんでも「僕としたことが…」があるもんね。


「くらしと医療」2011年9月号


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