アルコールの話

 宴会の前に野暮な話で恐縮ですが,今日はアルコールについてお話しします.

 私は1995年12月号の「くらしと医療」に,「マスオさんは酒飲みとしては結構危ない部類に入る」と書きました.紙面の都合でどうしてマスオさんが危ないのか詳しく書けませんでしたから,今日はそこら辺から話を始めましょう.

 お手元にお配りした,「久里浜式アルコール症スクリーニングテスト」は,業界では超有名なペーパーテストです.まずはご自分でやってみてください.5分もあれば全部埋まるはずです.
 


 如何ですか?
 これは「アルコール依存症」をみつけだすためのペーパーテストですから,ここに並んでいるのはアルコール依存症を見つけるための質問です.ちょっと意外な感じがしませんか?

 先に紹介した文章では,酒害,酒の害ですね,を肝臓の害とのみ考えるのは間違いだ,と書きました.

 このテストの一番最初の質問,これは一番配点の高い質問でもありますが,は「酒が原因で,大切なひと(家族や友人)との人間関係にひびがはいったことがあるかどうか」です.質問項目を見ていただくと解るように,肝臓を悪くしていないか,はほとんど問題になりません.
 さらにいうと「赤ら顔の大酒飲み」とか「酒が切れると手がふるえる」というイメージでもって,これが「アル中(アルコール依存症)」と思っていると大間違いです.もちろん,質問項目のなかには,「酒が切れると手がふるえる」とか「大酒を飲む」とか,いかにもっていう質問もありますけど,あなたの飲酒が問題飲酒かどうかの最重点ポイントは「酒で人間関係を悪くしていないか」なんですね.  
 

 さて,マスオさんの話にもどりましょう.

 サザエさんをあまり御存知ない方のために補足しますと,マスオさんは会社員で一児の父,現在奥さん,これがサザエさんですが,の両親と同居しています.推定年齢20代後半から30代前半.夫婦は円満.妻の親族との仲もよく,義理の父と晩酌したり,一緒に飲んで帰ったりするほか,サザエさんの弟カツオ君や妹ワカメちゃんのよき相談相手になっています.典型的ないい人です.

 以前の文章で,マスオさんの飲み方が危ない理由として5点揚げました.
 

それぞれが,久里浜式テストのあちこちに該当しています.

 例えば,サザエさんやタラちゃんと気まずくなるのはそのものズバリ1.今日は飲むまいと思っていても..は2.ちょっと意味は違いますが,家がわかんなくなって...は13,二日酔いで...が7,飲んだときのことをすっかり忘れてしまうは,つまりはそういう飲み方をするということですが,5ですね.点数を合計すると実に8.3で,マスオさんは立派な「重篤問題飲酒群」です.

 まあ,これはかなり厳しい採点です.でも,多少甘く点をつけても,例えば「今日は飲むまい...」と「飲んだときのことをすっかり忘れて..」と「駅員さんや駐在さんの世話になる」を外したとしても,スコアは0.7で「問題飲酒群」です.マスオさんはアル中の素質十分なんです.
 

 俗に,人は見かけによらないといいます.アル中もしかり.「え,あの人が?」という問題飲酒者は大勢います.正確な統計は知りませんが,アル中はあらゆる地域,あらゆる階層,青年期以降のあらゆる年代に存在すると考えられています.依存性薬物についての知識を持っているはずの医師にさえ,予備軍も含めてアル中は大勢いるんです.
 
 

 誤解のないように加えますと,私は頭から酒を飲むなといっているわけではありません.ただ,アルコールは薬です.しかも,薬としてはかなり危ない部類に入ります.

 お酒を飲むと一般に威勢が良くなります.アルコールは大脳を抑制するので,抑えがきかなくて見かけが元気になっているわけです.こういう状態は総じて気持ちがいいですから,当然また飲みたくなります.アルコールは「欲しくってどうしようもない」状態を作り得る薬です.
 このような薬を「依存性薬物」といいます.薬としてのアルコールは,麻薬や睡眠薬の仲間です.本来,濫用すべきではないし,おいそれと人に勧めるべきでもない.そもそもアルコールというのはそういう性質の薬です.
 薬の効き目には個人差があります.アルコールも然り.ですから,適量でアルコールのいいところを十分楽しめる幸せな人がいる一方,絶対飲んではいけないひともいるんです.

 ここにお集まりのみなさんの中に,もしかしたらスコアが2点以上,つまり「重篤問題飲酒群」に該当される方がおられるかもしれません.もしそうであれば,悪いことは言いませんから,すぐにお酒を絶ってください.
 
 

 アルコールのもうひとつの問題は,飲酒者によるさまざまな事故です.
 酒害は,しばしば肝臓病という狭い意味での健康への被害や,「酒で失敗」という表現にあるような人間関係への支障で代表されますが,それ以外にもさまざまな実害をもたらします.酔って転んだ,財布を落とした,といった可愛いものから,酔っ払い同志のけんか,飲酒運転による交通事故,果ては凍死や溺死まで,アルコールは事故のもととしてもバカにならない存在です.国によっては,酒害としてむしろこちらを重視しています.

 飲酒運転ひとつとっても,これが厳罰に処されること自体問題がかなり深刻に考えられている現れではあるのですが,それでもなかなか数が減らない.私の周りでも酒気帯免停は決して珍しい話ではないですし,しかも,とっ捕まるのは氷山の一角ですからね.某大臣は「高速道路のサービスエリアで酒を売るんだ」といきまいていますが,私に言わせれば,あの人にはアルコール問題の根の深さが全然解っちゃいませんね.
 
 

 最後に,食事療法とアルコールの関係についてお話ししましょう.

 原則として,食事療法中は禁酒です.特に,お酒を飲みながら糖尿病の食事療法っていうのはきわめて難しいですね.

 「薬としてのアルコール」といった難しい話以前に,食事療法の立場からはアルコール自体のカロリーが問題です.一応,人間はアルコールをエネルギー源にできます.しかし,アルコールを身体で燃焼させるのはかなり効率が悪い上,アルコールそのものには栄養素は全く含まれません.つまり,アルコールはカロリーばかりでちっとも栄養にならない余計者です.当然,食品交換表でも「欄外」扱いで,他の食品と交換できません.だから「酒を飲んだからその分ご飯を減らす」は間違いです.また「酒で腹一杯になるから食事は少なめ」は論外です.それは単に「飲み過ぎ」です.

 どうしてもアルコールを飲もうという場合,食事は食事としてきちんと食べて,それに加えてお酒を飲むということになります.もとの病気のコントロールが上手くいっていて,通常の食事療法がきちんとできていることが前提です.そして,その場合でも許容量はせいぜい日本酒一合,ビールならば中瓶一本,ウヰスキーならばダブルで一杯です.酒を飲むにはかなり無理をしなければなりません.

 食事療法中の方は,飲まずに済めばそれに越したことはありません.まずは禁酒ないし断酒の可能性を追及すべきです.アルコールは病気がよくなってからのお楽しみにとっておいてください.

 


 
これは、北毛保健生活協同組合1997年度総代班長研修会の医療講演の原稿です。
 

 

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