もっと言ってはいけない 橘玲 新潮社
もっと言ってはいけない 橘玲
人類の第一の「革命」は石器の発明で、「誰もが誰もを殺せる社会」で生き延びるために自己家畜化が始まった。第二の「革命」は農耕の開始で、ムラ社会に適応できない遺伝子が淘汰されてさらに自己家畜化が進んだ。第三の「革命」が科学とテクノロジーだが、ヒトの遺伝子は、わずか10世代程度では知識社会化がもたらす巨大な変化にとうてい適応できない。ここに、現代社会が抱える問題が集約されているのだろう。
ホロコースト以降、欧米では知能と遺伝の関係を語ることはずっとタブーだった。だがここ数年でそれも少しずつ変わってきたようだ。
その転機となったのは、ドナルド・トランプが第45代アメリカ大統領になったことだろう。「白人至上主義」と呼ばれるトランプの熱烈な支持者たちは、「フェイクニュース」を信じ、どのような論理的な説得にも耳を貸そうとしない。この現象を、認知能力(脳の基本設計)を無視して論じることはもはや不可能になってきている。
インターネットが引き起こしたイノベーションのひとつに、言論空間の大衆化・民主化がある。1990年代のインターネット黎明期には、特権的なメディアによる情報の独占が崩され、世界はより自由で素晴らしいものになるとの期待がさかんに語られた。だがいまや、「真実(truth)」は匿名の個人のあやしげな陰謀論(post truth) 」によって駆逐されつつあり、よりよい未来への希望は急速にしぼんでいる。
トランプ現象があきらかにしたのは、ほとんどのひとは、「事実(ファクト)」など求めていないということだ。右か左かにかかわらず、ひとびとは読みたいものだけをネットで探し、自分たちを「善」、気に入らない相手に「悪」のレッテルを貼って、善悪二元論の物語を声高に語る。ヒトの脳は部族対立に最適化するよう「設計」されており、直感的にそれ以外の方法で世界を理解できない。
これは進化によってつくられた脳の「プログラム」なので、すくなくとも今世紀中は、いやおそらく30世紀になっても変わらないだろう。私たちは、ずっとこの不愉快な世界で生きていくほかはない。
高度化した知識社会では、高いIQは社会的・経済的な成功をもたらす。だがもうひとつわかっているのは、知能とアスペルガーのリスクとのあいだに強い相関があることだ。IQ130を超えて10上がると、自閉症スペクトラム上に乗るリスクは倍になる。
天才と統合失調症のあいだに遺伝的な相関があることも否定できなくなっている。アインシュタインの次男は統合失調症に苦しんだし、同様の例はほかにいくらでもある。さらにいえば、アインシュタインの家系はきわめて高い知能が平均へと回帰することも示している。長男は平凡な物理学者として生涯を終えた。
高い知能が幸福な人生に結び付くかどうかもわからない。
どのような社会も多数派(マジョリティ)である平均的な知能のひとたちがもっとも楽しめるように最適化されている。なぜなら、彼ら彼女らこそが最大の消費者なのだから。
そう考えれば、高知能のマイノリティは、使いきれないほどの富(金融機関のサーバーに格納された電子データ)と引き換えに、マジョリティ(ふつうのひとたち)がより安楽に暮らし娯楽を楽しめるよう「奉仕」しているともいえるだろう。
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